特定非営利活動法人
イーストベガス推進協議会

第9章「企画」 2.リアルロールプレイングゲーム

年が変わって1998年、夢広場21塾ヤング部会とトトカルチョマッチョマンズが活動を開始してから3回目の春が巡ってきた。

4月18日、土曜日、長谷川敦は付き合っていた高橋美由紀と結婚した。結婚式は秋田キャッスルホテルで行われ、24歳の新郎新婦はトトカルチョマッチョマンズのメンバーたちの祝福を受けた。結婚式にふさわしい春らしい爽やかな日だった。
二人は新婚旅行の行程に、ニューヨーク、ラスベガス、サンフランシスコを選んだ。初めての体験となる美由紀と一緒に、敦は3回目のラスベガスを楽しんだ。新婚旅行から戻った二人は、秋田市御野場に借りた二階建の一軒家で新婚生活をスタートさせた。

その翌月、田んぼでは田植えが始まっていた頃、トトカルチョマッチョマンズが前年暮れに確保した川反のふるさと塾を拠点として一つの企画が動き出そうとしていた。
彼らはそれまでに「ゴミ拾い大会」、「筏下り大会への参加」などいろいろなイベントを考え実行してきた。それらのイベントは、主に自分たちが楽しむことに重点が置かれていた。もちろん、トトカルチョマッチョマンズのコンセプトから言って「楽しいこと」、「面白いこと」は絶対条件である。ただし、「秋田を面白くする」というそのコンセプトからすれば単に自分たちが楽しむだけでなく、もっと周りを巻き込み「秋田を変える」と言えるだけのインパクトのあるイベントをやりたかった。それにはどんなイベントがいいのか考えている中、一つの企画が浮上した。

発案は伊藤敬だった。
敬は長谷川にずっと「警察ごっこをやろう。構想はある。」と話していたが、長谷川は「今さら警察ごっこじゃねぇべ」という気持ちもあって聞き流していた。しかし、イベント企画には一家言を持つ敬だけに、それは子供だましの「警察ごっこ」ではなかった。

敬の頭にあったのは、「リアルロールプレイングゲーム」と呼ぶべき企画だった。
パソコンや家庭用ゲーム機で遊ぶソフトに「ロールプレイングゲーム(RPG)」というジャンルがある。プレーヤーが「戦士」や「魔法使い」などの役割を担い、敵と戦ったり仲間と協力したりしながら目的の達成を目指すゲームである。敬はロールプレイングゲームの代表作「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」をやったことはなかったが、「バイオハザード」は遊んだことがあった。
「ロールプレイングゲームを、実際の街をフィールドにして参加者の身体を使うゲームとしてやったら面白いんじゃないか。それは、地図とコンパスを頼りに山野を歩き回りゴールに着くまでの早さを競うオリエンテーリングの舞台を街中に移し、さらにストーリー性を内包させたようなゲームだ。」
それが敬の発想だった。

さらに、もう一つの発想があった。ちょうど携帯電話が一般に普及し始めていた。固定電話にはない携帯電話の特徴に「移動している人と連絡がとれる」という機能がある。これをゲームに使えば、ゲームの進行中に参加者に新しい情報を伝えることができるし、参加者同士が連絡を取り合うこともできる。それは警察無線の機能と同じだ。それなら、携帯電話を活用して警察ごっこをやったら臨場感のあるゲームが出来るんじゃないか。敬はそう考えた。

敬から企画の一端を聞いた長谷川は心が動いた。これはやってみる価値がある。トトカルチョマッチョマンズのメンバーが参加者となって敬の企画を実行に移すことが話し合われた。6月24日のトトカルチョミーティングでは、敬のイベントの実行が発表された。と言っても、ゲームの性質上、内容の詳細は伏せられ、ゲームの企画立案および制作、演出はすべて伊藤敬と妻・一葉の二人で行うことと、ゲームの名前だけがメンバーに知らされた。ゲーム名は「笑う大捜査線」だった。

7月12日、日曜日、トトカルチョマッチョマンズのメンバー約20人は、秋田市の一つ森公園に集合した。
一つ森公園は秋田市中心部から東南の方向にある70万㎡の面積を持つ公園である。標高56メートルの金照寺山に連なる丘陵に日本庭園やいくつかの広場を配していた。その日、曇ってはいたが雨が降る気配はなく気温も20度前後で、野外で行うイベントには絶好の日和だった。

午前10時、リアルロールプレイングゲーム「笑う大捜査線」がスタートした。
参加者は、まずスタッフの伊藤敬および妻の一葉によって3つのグループに分けられた。3つのグループとは、「犯人グループ」、「刑事部」、「公安部」である。そして、グループごとに他のグループに話が聞こえない所まで連れて行かれ、ゲームの設定とミッション(使命)が与えられた。

犯人グループに指名されたのは、コロボックルと長谷川の新婚の妻・美由紀である。コロボックルには脱走犯、美由紀には脱走犯を助ける恋人の役割が当てられた。
犯人は無実の罪により投獄されていたが、刑務所から脱走した。真犯人は別にいる、という設定だった。脱獄した犯人とそれを助ける恋人のミッションは、自分たちを追ってくる刑事部、公安部の追跡をかわしながら、自分たちの無実を証明することだった。

公安部には長谷川など4人が指名された。公安部が説明された設定とミッションはやや複雑だった。長谷川たちには、脱走犯が逮捕されたのは無実の罪によるものであり真犯人は別にいることが知らされた。彼らのミッションは、逃亡を続ける脱走犯と恋人を刑事部に逮捕されないように泳がしながら、真相を解明し真犯人を逮捕するというものだった。

奈良真など残る約10人の参加者は、安田琢をキャプテンとする刑事部に指名された。
刑事部のミッションは公安部に比べると単純であり、与えられた情報から逃亡犯の居場所を突き止め、3グループ中で最多の人数を活かして出来るだけすみやかに逮捕することであった。

各グループ内には、最低一人の携帯電話を持っている参加者がいるようにグループ分けされていた。それぞれのグループは何か新しい情報を得る都度、それを捜査本部である伊藤敬の携帯に伝えることがルールとされた。

犯人とその恋人、すなわちコロボックルと美由紀の二人は自動車に乗せられJR奥羽本線で秋田駅の南隣りの四ツ小屋駅まで連れて行かれた。彼らはそこで持ち金を全部取り上げられ、改めてごく少額の資金を与えられた。二人はその金だけを使って追っ手の2グループを回避し無実を晴らさなければならないのだ。

刑事部と公安部は、それぞれ与えられた情報、ヒントを基に犯人グループの行方探しを始めた。この2グループの移動手段は自動車だった。刑事部と公安部に所属する刑事たちは、グループ毎に2台の自動車を使い秋田市内を縦横に駆け巡って犯人を捜した。

参加者には二つのルートで情報が与えられた。一つは携帯電話を使うルートである。参加者が手かがりを失いゲームが停滞することを避けるため、伊藤敬は1時間おきに各グループの携帯に定時連絡を入れた。その定時連絡によりそれぞれのグループは新たなヒントを与えられ、それを基に作戦を組み立て、次の行動を起こした。
もう一つは、「アイテム」を使ったルートだった。例えば、刑事部に一つのヒントが与えられた。そのヒントは秋田市内にある特定の電話ボックスを示していた。刑事部に属する刑事たちがその電話ボックスまで行き付近を探すと、ボックス内の電話帳に1枚のA4版の紙が挟まっているのが発見された。その紙は伊藤敬と妻・一葉があらかじめ仕込んでおいた「アイテム」であり、そこに次のヒントが暗号のような形で記されているのだった。

伊藤敬は、リアルロールプレイングゲームの進行中、基本的に秋田市横森の自宅にいた。そこに陣取って、携帯電話により得られる情報から各グループのゲームの進行状況を把握し、さらに自分から各グループに対する情報を与えた。

敬の予想外の事態もたびたび起こった。例えば、四ツ小屋駅まで連れて行かれた犯人グループは、所持金を取り上げられ少額の逃走資金しか持っていないため、JR線を使って秋田駅までやってくるという想定だった。しかし、コロボックルと美由紀は、ヒッチハイクで秋田市街までやって来た。そのため、彼らの移動経路は敬の描いた筋書きを外れた。

また、参加者は敬や一葉が準備したヒントをなかなか正しく解明できなかった。あるアイテム、A4版の紙には「秋田の城へ向かえ」と書かれていた。この「秋田の城」は長谷川敦と美由紀が結婚式を挙げた秋田キャッスルホテルを意味しており、ゲームの進行上で重要な意味を持つ場所だった。ホテル地下の駐車場には犯人グループのために自動車が駐められており、車内には駐車料金に相当する現金が置かれていた。
犯人グループは別のルートからその自動車のナンバーに関する情報も与えられ、自分たちに与えられた情報を正しく解読すれば、秋田キャッスルホテルで逃走手段として自動車をゲットし行動範囲が一気に広がるはずだった。

一方で、その場所は刑事部にとっても重要な意味があり、彼らに与えられたヒント「秋田の城へ向かえ」を解読して秋田キャッスルホテルに網を張っていれば、犯人を逮捕する絶好のチャンスとなるはずだった。しかし、刑事部はアイテムに書かれた「秋田の城」を敬の意図とは違った意味に解釈した。アイテムを見た彼らは、秋田市牛島にあったスーパーマーケット・マルダイへ向かった。マルダイの建物は見ようによっては、城のような外観にも思えたからである。マルダイに到着した刑事部は辺りを捜索したものの、何の手かがりも得られず完全に空振りとなった。
また、犯人グループもキャッスルホテルの駐車場にたどり着くことができず、逃走車となるはずの自動車はゲームの間ずっとそこに駐車されたままであった。

公安部に与えられたアイテムには、もっと手の込んだものがあった。それは2枚の写真であり、そのどちらにも伊藤敬が自宅の風呂に入ってる姿が写っていた。その2枚の写真が暗示するものは「ニューヨーク・ニューヨーク」というパチンコ店だった。つまり「入浴・入浴」である。公安部がパチンコ店に行けば事件解決のカギとなる重要な情報が得られるように仕組まれていた。しかし、その写真を見た公安部は真っ直ぐに伊藤敬の自宅へ向かった。たまたま伊藤敬は外出しており玄関にはカギがかかっていたが、公安部はあきらめずカギの掛かっていない窓を見つけてそこから屋内に入り込んだ。彼らは手かがりを求めて浴室に踏み込んだものの、そこには何ら有益な情報はなかった。

そんなふうに無駄な行動をしつつも、長谷川率いる公安部は複雑なミッションを課せられたにしては健闘していた。コロボックルたち犯人グループの居場所を数度にわたって補足した。長谷川たちはゲームの意図を正しく理解し、犯人グループを泳がせて後を追ったが結局は行く先を見失った。

敬がゲームの最終地点として設定していたのは川反にあったトトカルチョマッチョマンズの拠点「ふるさと塾」だった。与えられたヒントを手かがりに「ふるさと塾」までたどり着いたグループは、真犯人を指し示す情報が得られ、事件の真相を解明できる手はずになっていた。
けれども、敬がゲームのタイムリミットとしていた午後5時になっても、どのグループもミッションを達成することができなかった。その時刻、ゲームの参加者たちは秋田市内の様々な場所に散り散りに分かれて行動しいてた。敬は携帯電話で各グループにゲームの終了を伝え、打ち上げ会場である川反の居酒屋に呼び集めた。

打ち上げの席上、伊藤敬によってゲームの謎解きが行われた。参加者たちは敬の語るストーリーを聞いて初めて自分たちが何をしていたか理解できたような気がした。最後に残った謎は、真犯人は誰だったのかという点だった。それは意外な方法で明らかになった。
「琢さん、携帯のバッテリーを見てごらん。」
敬の言葉を聞いた安田琢が自分の携帯電話のバッテリーカバーを開けて中を見ると、そこには「あなたが犯人です」という言葉が書かれたシールが貼られていた。真犯人は安田琢だったのだ。

結局、どのグループもミッション達成まで至らなかったものの、ゲームの参加者はみんな満足していた。謎めいたヒントを頼りに広く秋田市内を駆け巡ったゲームは面白かった。みんなは、二人だけでゲームの全てを企画し準備した伊藤敬と妻・一葉に対して異口同音に「笑う大捜査線」が本当に面白かったと伝えた。参加者たちの評価を聞いて敬と妻は苦労が報われたと感じていた。

長谷川はみんなと一緒に飲みながら、その日一日を振り返り初めて体験したリアルロールプレイングゲームの余韻を味わっていた。これは面白い。与えられる情報を頼りに秋田市内を駆け回る「警察ごっこ」はリアルな臨場感があった。その気持ちは他の参加者たちと同じだった。長谷川の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。
こんなに面白いイベントなら仲間内の遊びに終わらせず、もっと大規模にやったらどうだろうか。