特定非営利活動法人
イーストベガス推進協議会

第4章「始動」 4.サラダ館合意

第4章 「始動」

4 サラダ館合意

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6月、水を湛えた田んぼでは若いイネが生育を初めていた。見渡す風景の中、雄物川両岸の平地一面に広がる水田の明るい緑と、背景となる山の木々の濃い緑ははっきりしたコントラストを成していた。

長谷川敦と雄和の仲間たちが夢広場21塾・ヤング部会に集まって以来2か月余が経過した。ヤング部会の最終目標はイーストベガス構想を「形」にすること、すなわちペーパーとしてまとめることに置かれていたが、ゴールに向けた道のりは平坦ではなく彼等の歩みは手探りで進められた。
まとめるべき構想は、長谷川自身の中でもはっきりした形をとっておらず、彼に引っ張られて部会に参加した他のメンバーたちにとってはもっと漠然としていたのだ。

彼らが毎回のヤング部会で取り組んだ具体的課題は、大きく分けて、秋田の現状を分析すること、構想の中心となるコンセプトを考えること、街を構成するコンテンツを選び出すことの3つだった。部会は長谷川が進行役となり、この3つの課題の中からその日のテーマを決め、意見を出し合う形で進められた。

例えば、ある日の部会のテーマは、「イーストベガス構想が実現した際、街に欲しいコンテンツは何か」だった。と言っても、長谷川以外のメンバーは誰も構想の手本となるべきラスベガスを見おらず、ほとんどの時間、実際にラスベガスの街を体験した長谷川の聞き役に回った。
一人のメンバーは、車に乗ったままで映画が見られる劇場「ドライブインシアター」が街に欲しいと自分の意見を言った。

彼等が構想を進めるために参考となる資料を捜しても、なかなか役に立つようなものは見つからなかった。
そんな中で、21委員会からの提言「秋田をこう変えよう!」は貴重だった。この本が秋田の社会、経済の状況を把握するための手かがりとなり、他の資料を探す出発点となった。秋田の現状分析では、人口問題、特に将来予想される人口減少と高齢化が長谷川たちの関心の中心となった。

部会はだいたい週1回のペースで進められ、ほぼ毎回、雄和町役場から教育委員会社会教育課の浦山勇人も参加した。青年教育を担当する浦山が実質的に活動を停止していたヤング部会のメンバーを集め、再スタートさせたのには目的があった。

県庁所在地である秋田市に隣接し主要産業が農業という雄和町に住む若者達にとって、町内での主な勤め先は農協と村役場に限られていた。雄和町の若者のほとんどが秋田市に通勤、通学しており、町には寝るために帰っているという生活を送っていた。このため、若者たちの雄和町の地域作りに参画するという意識も薄かった。

浦山は、もっと若い町民に町への帰属意識を持ってもらい、町政への提案をして欲しいと考えた。ところが再スタートを切ったヤング部会で、長谷川たちが「ラスベガスを手本にした街づくり構想」をテーマに定めたことは想定外だった。浦山の内心では、どこかに藪をつついて蛇を出してしまったような気持ちがあった。

実際、ヤング部会の運営は浦山に職場での軋轢をもたらした。狭い役場内では、ヤング部会が「ラスベガスを手本にした街づくり構想」をテーマとしていることがすぐに知れ渡った。そのことに関して、浦山は周囲から冷ややかな目で見られていた。

ある日、浦山は教育委員会の同僚から問いかけられた。
「夢広場21塾のヤング部会だけど、教育の目的でギャンブルの学習をさせているの。」
その同僚だけではなかった。他の同僚や上司も、口々に疑問を呈した。
「ラスベガスを手本にしたまちづくりなんて、本当に実現するの。」
「カジノを中心にしたまちづくり構想なんて作っても、雄和町にとって有益じゃないんじゃないか。」
中には厳しい言葉を投げかける上司もいた。
「町のお金を使って、お前、青年教育担当として先導する所が違うべ。」

浦山は、その都度反論した。
「いや、カジノが全て悪いという訳ではないんです。そこのところを認識してください。ヤング部会のメンバーは、地域の将来のことを真面目に心配し、きちんとした考えに基づいてまちづくり構想作りに取り組んでいます。」

周囲がヤング部会のテーマを心底から認めてはいなくても、浦山も直属の上司の伊藤課長も、長谷川たちが部会でイーストベガス構想を進めることに基本的に口を挟まなかった。

自分たちが、最初に長谷川の意見を容れてそのテーマを認めたという手前もあったが、それだけでなく、実際に部会で交わされているメンバーの意見を聞いて、彼等が秋田の未来を真剣に考えた末にイーストベガス構想をたどり着いたことが分かったからだった。
メンバーたちの真剣な思いに応えよう。浦山にはその意識が強かった。彼は自分の時間を割き、夢中になってヤング部会に取り組んだ。

浦山は既に結婚しており子供もいた。ヤング部会は毎回、夜7時30分にスタートし、終了時刻はしばしば深夜に及んだ。ある夜、部会に参加してから遅い時刻に帰宅した浦山に妻が言った。
「私って、シングルマザー?」

ある日のヤング部会が終わろうとしていた時だった、浦山は長谷川たちメンバーに言った。
「これからちょっと一緒に飲まないか。今日は私がおごるから。みんなと話したいことがあるんだ。」
長谷川たちメンバーは部会の後、いつもサラダ館で飲んでいたし、おごってくれると言う浦山の提案に対して何も異論はなかった。浦山と部会メンバーは、改善センターから歩いて3分のサラダ館へ移動した。

その日のメンバーは、長谷川に加え、敬や石井誠、美奈子、美咲などほぼフルメンバーだった。浦山が長谷川たちメンバーと、部会以外の場でじっくり顔をつきあわせて話すのはこの日が初めてだった。

サラダ館でみんなが乾杯した後、浦山は酒を飲みながら長谷川たちに語った。
「君たちをヤング部会に誘ったのは私だ。それは若い人たちの意見を町政に活かしたいという気持ちがあったからです。君たちが『ラスベガスを手本にしたまちづくり』をテーマにしたいと言い出した時は、正直、藪をつついてヘビを出してしまったかと思ったけど、部会での君たちが言う意見を聞いていて、それが地域に対する真剣な気持ちから生まれたテーマだというのはよく分かった。」

部会メンバーたちは黙って浦山の言葉を聞いていた。
「君たちは行政のことを良く知らない。私は君たちをヤング部会に引き入れた責任もあるし、行政に携わる人間として君たちの思いを実現させていく道筋をつけ、行政にその思いを反映させていこうと考えています。」 浦山は中心メンバー、長谷川の顔を見て言葉を続けた。
「だから、一緒にタッグを組んで、君たちが熱く思っていることを具体的なまちづくりの構想として作り上げよう。それでいいか。」
「いいすよ。そっちも頑張ってください。」
長谷川は、浦山が職場や家庭で味わっている苦労も知らぬげに上から目線で答えた。

浦山は、この日サラダ館で交わした長谷川たちとの意思確認に特別の思い入れがあった。彼は自分の中でこれを「サラダ館合意」と名付けた。
もっとも、サラダ館合意成立のために浦山が支出した費用3万円は妻の知るところとなり、浦山は妻から厳しく怒られた。
(続く)