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シナジー効果で「知的富裕層」を狙え! 寺島実郎氏が考えるインバウンド施策と日本型IR

 

シナジー効果で「知的富裕層」を狙え!

寺島実郎氏が考えるインバウンド施策と日本型IR

日経ビジネスオンライン 2014年9月11日(木)

7月31日に大阪・梅田で開催された「IRビジネスフォーラムOSAKA」(主催:日経ビジネス企画編集センター「観光イノベーション」)で、基調講演を行った寺島実郎氏。世界情勢に精通する氏は日本の観光立国政策、現在のインバウンド(訪日外国人旅行者)を取り巻く現状をどう見ているのか。また、今年2月に発足した民間の任意団体「IR(統合型リゾート)推進協議会設立準備委員会」の議長という立場から、日本型IRのあるべき姿について話を聞いた。
寺島 実郎(てらしま じつろう) 日本総合研究所 理事長/多摩大学 学長/三井物産戦略研究所 会長 1947年北海道生まれ。73年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了後、三井物産入社。米ブルッキングス研究所出向を経て、米国三井物産ワシントン事務所長、三井物産業務部総合情報室長などを歴任。2009年多摩大学学長および三井物産戦略研究所会長、2010年日本総合研究所理事長。2013年特定非営利活動法人みねるばの森理事長。著書に石橋湛山賞受賞『新経済主義宣言』のほか『世界を知る力』、『大中華圏』、近著に『リベラル再生の基軸- 脳力のレッスンIV』、『若き日本の肖像- 一九〇〇年、欧州への旅』など多数。ラジオ・テレビの報道番組等にも出演。

今、世界は大きな構造変化を迎えており、その中で日本は今までに経験のない状況に直面していると寺島さんはフォーラムの基調講演で述べられました。改めて、寺島さんが考える日本の問題点を教えてください。

寺島:日本の人口は1966年に初めて1億人を超え、1億2800万人に達した2008年にピークアウトを迎えました。40年かけて3000万人が増えたわけですが、今後40年はこの増加分が減少し、2040年代後半に全人口は1億人を割り込むことが確実視されています。 しかし単純に1966年の状態に戻るのではなく、人口構成がまったく異なります。40年前、日本の人口で65歳以上が占める割合はわずか1割でしたが2040年代には約4割に達し、さらに2050年には無居住地域が日本全土の19%に達すると予測されています。今、我々が真剣に問題意識を持たなければいけないのが、まさにこの「異次元の高齢化社会」です。

その一方でアジア各国は目覚ましい成長を遂げています。基調講演の「昨年の日本の1人あたり国内総生産(GDP)はアジアで3位、世界では24位。今年は香港に抜かれるだろう」という話は改めて衝撃的でした。

寺島:今、アジアのGDPは世界全体の3割超を占めていますが、2040年に5割に達すると予想されています。また、中国の海外渡航者は既に年間9000万人に達し、今年は1億人を超えると言われています。 こうした状況の中、我々は「アジアの先頭を走る日本」という幻想を捨て、台頭するアジアダイナミズムにしっかり向き合って謙虚に学びながら、地域経済の再建を考える必要があります。工業生産力の優等生という過去の成功体験を超えた、新しい発想力が問われています。

スイス、フランスの「ハイエンド」戦略に学ぶ

今、日本の産業政策として「観光立国」という言葉が非常に注目されています。観光立国を目指す上で何が必要か、寺島さんのお考えをお聞かせください。

寺島:これから異次元の高齢化社会を迎える中、新たな文脈での豊かな日本を模索する必要があります。キーワードは「移動と交流」です。 また、次世代の産業モデルとしての脱工業生産力モデルと合わせて考えるべきことは、サービス産業の高付加価値化です。今、日本では年収200万円以下で生活する人が就業者数の34%を占め、過去10年間で製造・建設業からサービス業にシフトした約500万人の年収は平均150万円以上も下がっています。現実問題として、今は一流と言われるホテルでも、がくぜんとするくらい低い給与水準で、残業が多く労働条件も非常に厳しいと言えます。 まずは観光業というジャンルをより競争力のある産業基盤にして、この分野で働く人が胸を張って生きていけるようにしなければいけません。サービス産業がより付加価値を高めるには、格安ツアーで集客するだけではなく、よりハイエンドのリピーターを引き付ける装置と戦略が必要なことは間違いありません。

観光立国の重要な柱とされるインバウンドですが、年間を通じて数多く海外渡航をされているご自身の経験も踏まえ、日本のインバウンド政策についてどうお考えですか。

寺島:私はスタンフォード大学の東アジア研究所と交流しているので、アメリカ西海岸を必ず年2回訪れます。サンフランシスコで会議に出た後、情報収集などのために他の都市にも足を延ばしますが、2年に1度のペースで訪れているのがラスベガスです。 それというのも、IT関係の先端的技術やロボット技術の展示会など、大小様々な見本市が行われていて、2年に1度くらいは必ず引き寄せられるものがあるからです。ハイレベルなショーやスポーツのビッグイベントも多く、運が良ければ大物エンターテイナーのステージも観られますし。せっかくだから足を延ばして観ておこうか、となるわけです。

大阪・梅田で開かれた「IRビジネスフォーラムOSAKA」には1000名以上の聴講者が集い、寺島氏の講演に熱心に聞き入った

このように、観光には様々な付加価値のシナジーが重要だと思います。日本もいつまでも富士山と温泉と買い物で引き付けるのではダメで、知的レベルが高く、おカネを持った層に何度も来たいと思わせる仕組みが必要です。LCCを使って2泊3日3万円で訪れる人たちだけでなく、個人旅行や目的を持った観光、それも1カ所だけではなく自分の目的に合わせて数カ所を組み合わせる観光が重要になってくるわけです。

先進事例として特に学ぶべき国はありますか。

寺島:フランスやスイスなど観光立国として成功しているところは、ハイエンドなリピーターを引き付ける知恵とスキームがあります。これらの国がたどってきたプロセスを見ると、そこには知恵があると痛感します。私自身、パリに毎年2回行きますが、パリにはOECDやアラブ世界研究所など様々なシンクタンクがあって、シンポジウムや国際会議が絶えず開かれ、高度な情報が集積されているので、世界中から各分野の専門家が集まります。 また、スイスのジュネーブには15の国連機関が本部を置き、1泊1000ドルのホテルが常に満員という状態です。こちらも毎年100万人を超える各方面の専門家を、常に引き寄せる仕組みができているからですね。情報訴求力が強く、知的基盤のある人をリピーターとして引き付ける基盤があることが、観光立国として成功する一つの条件ではないかと思います。

IRの底支えに「教育機能」は欠かせない

今、インバウンド誘致策の一つとしてカジノを含むIR(統合型リゾート)の導入が有望視されています。IRについてどうお考えですか。

寺島:IRにとってカジノは確かに重要なキラーコンテンツですが、その前に「統合型」という本質的な意味を考えることが必要だと考えています。例えばシンガポールがIR導入に成功したのは、単にリゾートにカジノを作ったからではないんですね。海外からの医療ツーリズムやコンベンション誘致に力を入れ、それらがうまく相乗効果を出している結果だと言えます。

今回の「IRビジネスフォーラムOSAKA」が開催された大阪はIR誘致に積極的な都市の一つです。ここではどのような形のIRを目指すのが望ましいと思いますか。

寺島:大阪あるいは関西にとって、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は一つの起爆力です。それにカジノという2つのブースターがあれば統合型リゾートは成り立つと思いがちですが、もう一つの柱として重要なのが教育だと私は思います。

先ほども例に挙げたシンガポールはアジアの教育センターとして、様々な国から多彩な人材を集めており、教育産業も付加価値創出の糧にしています。また、カリフォルニアのユニバーサルシティには、サービスやエンターテインメントの分野で生きていこうという世界中の野心的な若者に、教育を施す装置があります。 大阪もサービスやエンターテインメントを支える人材をアジア太平洋から広く集めて育て、彼らがUSJやカジノを支える3点倒立型の構想が必要だと思います。例えば、大阪府立大学や大阪市立大学でサービス・エンターテインメント学科やホスピタリティマネジメント学科を作り、この産業に命をかけていこうという人材を言葉の壁を超えてしっかり育てていくと。そうすると、集まってくる留学生や彼らの移動が様々な刺激になり、新しいニーズを生み出します。

シンガポールは医療ツーリズムの分野でも成功していますが、大阪もやはり学ぶべき点がありますか。

寺島:海外からの来訪客に先端的医療や検診を提供する、医療ツーリズム特区のようなものを作ることも考えられます。そうすれば先端医療に関する会議など、国際的集まりを誘致する基盤が生まれるでしょう。ただカジノを作ればいいというのではなく、医療ツーリズムや教育など様々な装置が噛み合って、初めて訪れる人たちの質と量を変えられると思いますよ。 IR立地を希望する各地域は、自分の地域にとってふさわしい統合型リゾートは何かを突き詰めて考える必要があります。単に「カジノがあって近くに温泉があります、観光名所もあります」ではなく、「統合型リゾート」という言葉を受け皿とするにふさわしい発想が重要というのが、私が一番言いたいことです。

民間主導で「透明性」ある日本型IRを

寺島:これからIRについての議論はさらに熱気を帯びてくると思いますが、新たな業態に踏み込む発想の原点として、脱工業生産力モデルに立脚した社会を模索せざるを得ない状況、サービス産業の高度化を進めないと日本の国民所得を豊かにすることは難しいという現実に常に立ち返る必要があると思います。 国や地方の財政が厳しい中、税金を使って産業を活性化することは非常に厳しくなっています。そういう中で財政に依存せず、民間の活力をもって地域活性化を目指すことに、IRの重要性があります。それには透明性がとても大事であり、カジノで得た収益を地域に還元するなど、公的目的に生かしていく発想が重要になってきます。

透明性とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか。

寺島:IR導入と共に「三条委員会」(注)を設置すべきといった議論も出ています。それも含め、フェアなビジネスモデルとして成功させるために必要なのが透明性で、それを担保するシステムが絶対に必要になります。 日本には数多くの公営ギャンブルが既に存在しますが、公営ギャンブルを増やすのではなく、民間主導で新しい産業分野としてのカジノをどうマネジメントできるかが、これからの知恵として問われると思います。

(注)「三条委員会」:国家行政組織法3条に基づいて設置される委員会のこと。国家公安委員会、公正取引委員会などがある。高い中立・公平性、および専門性が必要な問題を扱うとして内閣から一定の独立した地位が与えられる。

最後に、寺島さんが議長を務める「IR(統合型リゾート)推進協議会設立準備委員会」は、今後どのような形で動いていくのか教えてください。

寺島:今は準備期間として私が議長を務め、幹事長的な役割を果たしているのが元観光庁長官の溝畑宏さんですが、秋に向けて正式のIR推進協議会が立ち上がると思います。その際には、準備委員会には参画していなかった様々な立場の人たちが、経済界をあげて入ってくると思います。

推進協議会の事務局の態勢ももうすぐ明らかになると思いますが、私自身は研究開発、企画戦略を担当する戦略委員長のような立場で参画したいと思っています。単にIRを推進するのではなく、ギャンブル依存症の研究者など、カジノに対してネガティブな立場も含めた学者、有識者を集め、IRに関するトータルな研究を統括する役割を果たしていきたいと思っています。 真のIRとは何かということにこだわりながら、経済界でこの分野に関心のある人たちの問題意識のレベルを上げていければいいと思いますね。 ソース:http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140902/270709/?P=1