東洋経済オンラインで「IRで始まるツーリズム革命 カジノが日本にやってくる!」というタイトルで、連載の特集を組んでいます。今回は第6回目。
カジノ発祥の欧州、市場縮小が進むワケ
地方都市が目指すIRは、欧州から学べる
賭博、すなわち射幸心(偶然の要素により、利益を願う気持ち)を刺激するゲームは、人間の本能に基づいており、世界中の人間の歴史の中で存在してきました。日本の最古の賭博の記録は「日本書紀」における「すごろく賭博」で、689年には天皇がそれを禁じる令を出したそうです。「日本書紀」は書物としてほぼ最古のものです。実際にはそれ以前にも賭博は人々の生活の中に存在していたのでしょう。
欧州はカジノ発祥の地です。カジノの道具、すなわちトランプ(プレイングカード)、ルーレットなど、ルールの原型は17世紀の中世ヨーロッパで形成されました。むろん、現代社会のカジノには、欧州伝統のゲームに加え、文化圏独自のゲーム、スロットマシンなどが加わっています。なお、カジノの語源はイタリア語の「CASA(家)」と「INO(小さい)」であり、もともとは貴族の保養地の別荘を意味する言葉でした。しかし、貴族たちが社交パーティの余興としてゲームを楽しんだことで、「CASINO」が現在のカジノゲーミングの意味を持つようになったそうです。
17世紀に社交場として普及
カジノは17世紀に上流階級の華やかな社交場として普及しました。18世紀半ば以降、産業革命が本格化し、鉄道など交通機関が発達。そうした中、人々の移動が活発化し、有名なリゾート地には欧州中から上流階級、富裕層がバカンスなどで集まるようになりました。また、19世期以降には制度的にも行政によるカジノの認可制が確立していきました。行政側はカジノの許認可を民間主体に付与し、その対価として税・納付金の歳入を得るわけです。有名なドイツのバーデン・バーデンやモナコはこの時期にカジノを開設しました(それぞれカジノ開設は1823年、1856年)。
欧州においては、カジノは現在でも富裕層の社交場の雰囲気が維持されている施設が多くあります。そして、第2次世界大戦後になり、カジノは大衆に普及していきました。
欧州全体を俯瞰し、まず気づくのは、経済力に比して、カジノ市場が小さいことです。欧州全体(EU加盟国)のGDPの規模は米国とほぼ同じ規模です。一方、カジノ市場は約7500億円にすぎず、米国(コマーシャル、部族民カジノの合計)の6.6兆円(2013年推定)の10%強にすぎません。国別にみても、トップのフランス、イギリスを除けば、各国の市場規模は1000億円未満です。
最近は欧州におけるカジノ市場の漸減傾向が続いています。右表のように、2010年から2012年にかけて、上位10カ国のうち、8カ国のカジノ市場が縮小を余儀なくされました。この要因は、複数あります。カジノフロアにおける禁煙政策の進展、オンラインカジノとの競合、スロットアーケード(マシン専用のアーケード、パブ、カフェなどに設置されるマシン)との競合などです。
一定の寡占化が進んでいるにもかかわらず、カジノ事業者も米国やアジアと比較すれば小粒です。上場企業の最大手でもカジノ部門の売上高は300億~400億円の規模感です。本連載のマカオ、シンガポール、米国で紹介した大手事業者と比べれば、規模は1ケタ小さい感覚です。
欧州では米国やアジアの先進国とは対照的に、オンラインギャンブル(ロッタリー、スポーツなどへのベッティングが主体)の合法化が進んでいます。欧州のオンラインギャンブル市場は約1.5兆円(2013年)と、総ギャンブル市場の13%を占めました。このうち、オンラインカジノは約3000億円です。オンラインカジノは新市場を生み出すことも事実ですが、陸上施設型カジノの市場への打撃となっていることも間違いありません。
クラスター効果、複合施設効果が発現せず
欧州のカジノ市場が小規模である背景には、さまざまな要因があると思います。米国、アジアはそれまで禁止していたカジノを解禁し、ゼロから制度設計し、戦略的に産業として育成しました。一方、欧州はカジノの長い歴史を背負い、戦略的に育成する機会を持てなかったとも言えます。
重要なポイントは、欧州では、米国やアジアのようにカジノの収益力を集客力にフィードバックさせる仕組みが構築されなかったことです。米国やアジアでは、行政側が施設の設置場所と量を適正コントロールする一方、カジノ売上税を低く設定し、事業者に再投資余力を与えました。そして、ラスベガスやマカオのようなクラスター効果、シンガポールのIRに代表される複合施設効果を創出したわけです(ただし、米国は2000年以降、過当競争に陥った)。
欧州においてカジノ市場育成を困難とした背景は、①欧州全体で多数(500施設以上)の小型のカジノが分散して存在する、②各国でカジノ施設外に、スロットアーケード、パブ、カフェなどにゲーミングマシンが広く普及(合計200万台ほど。米国全体でもスロットマシンは100万台ほど)、③行政側が事業者に対して高いカジノ売上税を設定(平均すれば、グロスゲーミングレベニュー、GGRに対して50~60%)――などです。
ラスベガス、マカオの成功の大きな要因は、クラスター効果(集積効果)です。多数の事業者、施設を特定エリアに集積させた結果、エリア全体としての魅力が増幅し、集客力(顧客数とエリア内の回遊性)が高まります。事業者は収益性が高まり、また事業者間の競争が活発することから、一段とコンテンツやサービスを改善させる投資が増加します。また、多数の施設が存在するために、施設のスクラップ&ビルドも容易となり、つねにフレッシュな魅力をキープできます。この「集客力向上→収益力拡大、競争活性化、投資増加→集客力向上」のサイクルがまさに循環するわけです。
一方、複合施設効果は、まさに、シンガポールに代表されるIRのメカニズムです。事業者はカジノの大きな利益を保証された場合、カジノ以外の多様なエンターテインメント、アトラクション、ホスピタリティ、MICEに対して多額な投資を行い、競争力あるサービスを提供できます(よいサービスを低価格で提供)。事業者はノンゲーミング施設を集客エンジンの位置づけ、カジノで集中的に収益を稼ぐことができます。カジノの大きな利益を保証する手段は、市場における施設数を少数に制限することです。
日本の地方型IRは欧州から学べる
IR議連(国際観光産業振興議員連盟)は2013年11月に「IR実施法に関する基本的な考え方」をまとめています。そこでは、IRの区域、施設の総数を限定するという考え方とともに、「大都市型」と「地方型」の2つの類型を想定すると記述されました。
地方型IRが欧州のカジノリゾートから学ぶことは多いと考えられます。地方型IRも欧州と同様に、クラスター効果や高いレベルの複合施設効果は期待できません。むしろ、欧州のカジノリゾートのように、地域に溶け込み、地域を発展させることが求められます。
日本のIR実現プロセスでは国が自治体から提案を募集し、国が自治体を選別します(2015年後半から2016年)。その後、自治体が事業者を選択することになります。多数の自治体が国に提案すると予想されます。自治体はIR設置区域の開発だけではなく、いかに周辺エリアを含めた自治体全体のコンテクストを構築するかが勝負となります。